医療の事や科学の事に対して素人の私がコラムに書いていたため「素人だから」「専門知識もないのに」と私は小社
掲示板で批判を受けましたが、専門家でなければ何も出来ず、何も発言できないのでしょうか。素人だが偉業を
残している方々もたくさんおられます。そのことが『病気を治す術、病人を治す法』桜沢如一著に書いてあり
ますので引用します。「パルツェルズスも、エラスムスも、ミケロ・アンジェロも、ミレーもセザンヌも、ド
ストエフスキーも、ケタリング(葉緑素)も、ジャック・マンデス・ダゲール、ガリレオもブレリオも、ライ
ト兄弟も、ゲーテも沙翁(シェークスピア)も、オヨソ一派をひらいた人々はミナ素人で、自学自習の人だっ
た。『石塚左玄』(注・1)をよんだ人は彼が医者でなかったコトを知っているだろう。こんな例は無数にある。
数えきれない。『医師パツーン』(注・2)をよむと「左玄」のオモカゲが見える。来年二00年祭のあるハン
ネマン(ホメオパシイ)(注・3)にしても、全くの独学だった。パストゥールも同じだ。自然医学で巨億の富
を作り、八十二才以後のバースディにはパラシュートで飛び下りるコトにきめているマックファデンも素人で
ある。」(『病気を治す術、病人を治す法』桜沢如一著・日本CI協会・P.118)皆さんも知っている有名な人た
ちも専門家ではなく、みんな素人だったのです。既成概念のない素人だからできたのかも知れません。
2003年10月6日に日本で8頭目のBSE牛が見つかりました。今回、8頭目のBSE牛が見つかったのは獣医師などの専
門家の発想ではなく、素人の発想だからこそ見つかったのではないでしょうか。このことは2003年10月7日の朝
日新聞に書いてありましたので引用します。「厚労省は、国内初の感染牛発見から1ヵ月あまりたった01年10月
18日に、食肉処理をする牛すべてを対象にした検査を全国一斉に開始した。同省は当初、検査対象を、狂牛病
発症の可能性がある『生後30ヵ月以上』に限っていた。しかし、『全部検査しないと消費者の不安が解消され
ない』とした自民党の意向に押され、『食肉処理される全頭』と変更した。その後02年に自民党の調査団が国
際獣疫事務局(OIE)を訪問した際には、月齢の若い牛まで検査することは『科学的根拠がない』と指摘された
。」(『若い牛 広がる驚き』2003年10月7日付朝日新聞)この記事を読まれてお分かりのように、専門家だけ
では今回の8頭目のBSE牛は発見できなかったでしょう。今回、発見できたのも素人である自民党議員が全頭検査
を進言したためです。科学的根拠は絶対だと全面的に信用して専門家に任せていたら今回のBSE牛は発見でき
なかったと思います。今回は進言したのが国会議員だったから国際獣疫事務局(OIE)の専門家も仕方なく指示
に従ったのだと思いますが、これが私みたいな素人が進言したのでは絶対に聞く耳を持たなかったと思います。
科学的根拠というものを盾に専門家という人たちは他の意見を聞こうとしない傾向が強いように思えます。
「なぜ、君は違う世界の人たちの知識と経験を粗末に扱うのか」(『声に出して読みたい 倉本長治』商業界
・2003年3月号・P.198)
以前、雪印乳業が牛乳の食中毒事件を起こした時にあるラジオ番組でお医者さんが「この事件で皆さんが牛乳
を飲まなくなったらカルシウムが摂れなくなる事が一番心配です。」と話されていました。ラジオ番組に出演
するくらいのお医者さんですから有名なお医者さんでしょう。このようなお医者さんの発言されることは非常
に影響力があります。そのため番組を聞いていた視聴者は牛乳からでしかカルシウムは摂取できないと思いこ
みます。このお医者さんは牛乳を飲めば下痢をするような人のことはまったく考えていません。牛乳を飲めば
下痢をする人がこの番組を聞いたら自分はカルシウムを摂取できないと思い心配をします。しかし、牛乳を飲
めば下痢をする人の骨に異常があるかというと、まったくそのようなことはありません。牛乳が飲めないとカ
ルシウムが摂れないと発言したこの医師は、牛乳を飲めない人の骨量を調べたことがあるのでしょうか。この
ような誤った情報を社会的に影響力のある人が発言することに私は非常に危惧の念を抱きます。江戸時代の平
均寿命は40歳くらいです。「大日本沿海輿地全図」を作成した伊能忠敬は人生40年の江戸時代に70歳くらいま
で生きました。江戸時代には牛乳を飲む習慣はありませんでした。牛乳からでなければカルシウムが摂取でき
ないようであれば牛乳を飲む習慣のなかった江戸時代に50歳を過ぎてから日本中を歩き、測量をした伊能忠敬の
骨はボロボロになっていて日本地図は作成できなかったはずです。ラジオを聞いていたほとんどの方はこのお医
者さんの言われる事は間違いないと信用されたと思います。ちょっとした肩書きのある人が間違った発言を
しても間違いとは思わずほとんどの方は正しいと思われるのではないでしょうか。その例えに2003年1月26日
の朝日新聞朝刊に『科学してますか?』で落語家の立川志の輔さんが「骨粗鬆症を扱ったとき、楽屋で研究者
に『何でこんな病気があっという間に広がったんでしょう』と尋ねた。研究者が『放送では言えませんが』と
前置きして『長生きするからですよ』と答えたのに、ひざを打った。」と立川志の輔さんは骨粗鬆症は長生き
が原因と信じておられました。しかし、この研究者のいうことが本当だとすると人生40年の江戸時代に70歳ま
で生き、ましてや牛乳を飲む習慣のなかった時代の伊能忠敬をどう説明をするのでしょうか。現在、骨が弱く
なっているのはお年寄りだけではなく若年層にも広がっています。私の若いころは牛乳を飲んでいませんでし
たが骨折をする人はほとんどいませんでした。では、牛乳を1日に500mlから1000mlも飲んでいるにもかかわら
ず骨折率の高い若年層のことはどのように説明されるのでしょうか。全体を見ずに自分の専門分野しか見ない
専門家は、このようなつじつまの合わない、いい加減な事を発言するということがよく理解できたと思います。
この科学者の『放送では言えませんが』というウソがバレてしまいますから。皆さんが絶対と信じている科
学的根拠も同じように正しいとは限りません。では、何が本当の原因かといいますと動物性タンパク質の摂取量
が多いことが一番の理由で、その次が、カルシウムの吸収を妨げ排出する働きのコーヒーや食品添加物で、3
番目が運動不足やストレスではないでしょうか。
「そういうものが必要だ、価値があることだと思い、効果があるように思うのは、結局、人間が先に悪いこと
をしているからなんです。価値があるような、効果が上がるような条件を、先に作っているということなんで
す。人間が、医者が必要だ、というのも、人間が病弱になる環境を作りだしているから必要になってくるだけ
のことであって、病気のない人間にとっては、医学も医者も必要でない、というのと同じことです。」
(『わら一本の革命』福岡正信著・春秋社・P.24)
「川崎病は合成洗剤が犯人としたり、牛乳の病原性を力説したり、BSE検査合格牛の危険性を過度に評価したり
する氏ですが、コラムの引用文献を見る限り、そういった学会や専門家との意見交換、最新の情報(論文:多
くは英語)に接している様子はなく、合成洗剤メーカーさんや、獣医師や医師や、化学者、そして貴方のよう
な食の専門家に首を傾けられているのが現状のようですね。」(小社エコロジカルな掲示板より)
私は論文を読んでいなくて一般の人にもわかりやすく噛みくだいて書いてある市販の本を読んでいるから主張
していることが間違いだと発言されている方がおられました。専門用語の使ってある論文の方が正しく価値の
あるかのように書かれていますが、私は国や企業側が出した論文や発表が必ずしも正しいとは思いません。論文の
内容がお金や力関係で変わることがあるからです。私が科学的根拠などを信じない理由の一つです。一般の人
にもわかりやすく噛みくだいて書いてある本はあたかも間違いのように言われていましたが、小学生の教科書
はわかりやすく噛みくだいて書いてあります。これも間違いなのでしょうか。専門用語でしか話したり書けな
い人は内容が良く分かっていない人です。例えば本に書いてある内容を他人に紹介する場合、そのまま受け売
るような人は自分でよく内容が理解できていない人です。だから本の内容を聞く人に合わせて言葉を選ぶとい
うようなことが出来ずに専門用語をそのまま使って話します。その反対に、本の内容を良く理解できている人
は専門用語を分かりやすく読む人や聞く人に合わせて言葉を選び伝えることができます。だから一般の人にも
わかりやすく噛みくだいて書いてある本は内容を本当に理解できていないと書けない本です。だから噛みくだ
いて書いてある本の内容の趣旨が論文の趣旨と同じだと私は思っています。
じんじゅつ【仁術】1.人に人徳ををほどこす方法。2.(医術は仁徳をほどこす術であるの意)医術。
(『国語辞典』角川書店)
じんじゅつ【仁術】(名)人に思いやりやいたわりをあたえるおこない。例・医は仁術なり
(『例解小学国語辞典』三省堂)
このように小学生用の辞書は大人の使う辞書よりもわかりやすく噛みくだいて書いてありますが、意味が違うと
いうことはありません。これと同じように一般に市販され噛みくだいて書いてある本の内容が間違いというこ
とはありません。本は格好をつけるために読むものではなく知識なり教養なりを身につけるものです。コメデ
ィアンで映画監督のビートたけしさんが以前テレビで話されていました。「ある人の家に行くと分厚くて難し
そうな本が本棚に入れてありましたが、難しそうな本を本棚に並べている人のほとんどが内容を理解していな
い。ただ飾っているだけ。難しい本を読むより小学の教科書と中学の教科書を読んで理解していたら十分。」
と話されていました。ビートたけしさんも中学の教科書を読んでいるとその時に話されていました。まったく
その通りだと思います。教養や知識は他人に自分の頭の良さをひけらかすために身につけるものではありませ
ん。難しい論文を持っているから、読んでいるから、難しい本を持っているからその人は正しく賢いとは限り
ません。
「最新の情報(論文:多くは英語)に接している様子はなく」(小社エコロジカルな掲示板より)と、わざわ
ざ「多くは英語」と書かれていますが、論文を英語の原文で読んでいる人もいるでしょうが、翻訳された論文を
読む人もかなりいると思います。すべての医師や科学者などの専門家が英文の論文を原文のまま読んでいると
は限りません。論文などを翻訳する方から以前メールをいただきましたが、東大の教授も論文を翻訳家に翻訳
してもらっているということです。だから、英語の論文にただ接しているだけで、それが読め意味を理解でき
るということではないと思います。完全に英語を自分のものにしている人は少ないということです。いかにも
英語がわかれば頭がいいように思うのは英語が出来ない人だと思います。そして論文がいかにも正しいかのよ
うに言われていますが論文のすべてが正しいわけではないということがわかっていないのではないでしょうか。
専門家だからといって必ずしも正しいとは限りません。
「『知るは知らぬこと』という言葉がある。知るということは知らないという意味である。そんな言葉は、二
千年も前から東西の聖者たちが言っていることなのだが、今日これを解釈すると、1.知識が深まるにつれて、
分からぬことが多くなることを自覚する という意味にもとれ、2.物知りぶったり、お天狗さんだったりする人
は、案外ものごとを極めていないものだ」(『声に出して読みたい 倉本長治』商業界・2003年3月号・P.198)
専門家の言うこと、すること、科学的根拠は正しいように思われています。しかし、専門家と言われる人たち
は、自分たちの専門分野に傾注していて全体を見ない傾向が強いため、間違いを犯しやすいという欠点がありま
す。この世はある物が単独で動いていることはなく、全体で動いています。例えば人間です。人間は60兆個の
細胞の集合体です。細胞1つだけでは何もできません。細胞が60兆個集まった人間だけでも生きて行けません。
人間は食べるものが必要だし、空気も必要。色々なものがあるから生きて行けるのであって、1個の細胞、1
人の人間だけでは絶対に生きて行けません。そのように、すべてのものは全体の一部です。それを科学や医学
の専門家という人たちはすべてを細かく細分化して研究をしている。そして細分化すれば細分化するほど全体
が見えなくなり分からなくなって行きます。それなのに物を細分化してわかったつもりになっているのが今の
医学や科学ではないでしょうか。単独で動いているものはないのですから東洋医学のように全体を見て原因を
探るのが自然ではないでしょうか。それが私の専門家の方々に対してのお願いです。
「人間がものを分別して、知って、わかったと思うわかるは知識にすぎず、知識がふえると疑問がふえて、も
のがわからなくなるだけである。」
(『わら一本の革命』福岡正信著・春秋社・P.158)
エコロジカル・ヘルシーショップ三友 桧垣史郎
2003年10月
(注・1)「石塚左玄」…日本食養道の開祖。陸軍薬剤監。ナトリウムとカリウムの拮抗作用を発見。
(注・2)「医師パツーン」…大戦中、八路軍(紅軍)に従事した献身的なカナダ人医師。
(注・3)「ハンネマン」…発病物質をごく微量用いて、逆に治療する方法を始めた。同種療法、同毒療法。
(『病気を治す術、病人を治す法』桜沢如一著・日本CI協会・P.138)