− 安い便利は誰のため? − 



ほとんどの方は便利な生活を望んでおられると思います。しかし、便利な生活は体と地球環境を壊す元凶です。そして便利な生活は人々の生活を忙しくさせます。昔の生活は不便で、自分の生活行動を社会の時間の流れに合わせて生活をしなければいけませんでした。ほとんどの家庭で車は所有しておらず、どこかに行こうと思えばバスや汽車などの公共交通機関を利用するために乗り物の時刻表に合わせて出発の準備をしたり、帰りの時間もそれらの時刻表で決めていました。わがままをを言おうと思っても言えず、便利とはほど遠い時代でした。だから、昔は我慢強い人が多かったように思えます。



しかし、現在は「お客様は神様です」といって個人の生活行動に社会が合わせるような時代になり、わがままを言う人が多くなったのではないでしょうか。個人に対して便利な世の中は、便利を要求した個人にもその便利さを要求されるようになるということを理解しておかなくてはなりません。例えば、昔、正月にはほとんどの小売店は休んでいました。しかし、現在はお客様のためと称して(実は小売店が儲けるためですが)正月三が日もずっと開いている小売店が多くなってきました。1月1日から小売店が開いているのですから消費者にとっては便利かもしれませんが、その小売店で働いている人たちは便利を要求されて正月から働かなくてはならず、元旦から出勤することになります。1軒の小売店が正月元旦から開店することになるとその近辺の小売店もすべて正月1日から開けるようになります。そうなるとその地域の小売店で働いている人たちには正月休みは無くなるということです。特にパートタイマーなどで主婦が小売店に働きに出ている場合、その家族はお父さんが正月休みに食事の支度など家庭の仕事をしなくてはならなくなります。その他にも宅配便で時間指定があります。これは消費者にとっては非常に便利なものですが、宅配業者は指定された時間帯に伺えるように配達しなければならない為、忙しくなります。このように個人が便利を要求すれば、その便利を要求した人たちにもいつかはその便利を要求されるようになるということです。理由は前述しましたように消費者=労働者だからです。



便利を追求すればするほど個人の生活も忙しくなるという例えは、このようなことからもわかります。山口県から東京都に出張する場合、昔は一泊していましたが、現在は交通機関が便利になった分、日帰りも可能となりました。しかし、日帰りで日中、行動しようと思えば朝早く出発し、帰りも夜遅くなり、以前よりも忙しく動き回らないといけません。携帯電話はどこにいても電話の受け答えができ非常に便利なものでしょうが、その反面、急な仕事の連絡などが入りやすくなり、携帯電話がなかった頃に比べて忙しくなってきているのではないでしょうか。快適(便利)に過ごせる家や、車、エアコン、携帯電話などの便利を得るために必要なお金を稼がなくてはならず、人生の大半を仕事に費やしているというのが実際のところではないでしょうか。便利な商品を買うために体を酷使して長時間働かなくてはならず、便利を楽しもうと思っていたら、忙しくなって便利を楽しむ時間が無くなったということも起こりえます。便利は個人にとって不利益で、企業にとって便利は利益を生む道具としてプラスになるだけです。「消費者は新鮮さを求めている」といいながら、実のところは競合企業よりも優位に立とうとしている企業が「新鮮さ」を発信するという戦略なのです。消費者はその戦略にまんまと乗せられ、自分たちは「新鮮さ」を求めているのだと思いこんでいます。そして企業で働く人達は、商品の新鮮さを保つために頻繁に配達や管理などをしなくてはならず、以前よりも忙しく、労働も強化されるのです。
「消費者というのは、生きる、働く、暮らすというその三つを統合してる存在なんですね。そのうちの暮らすだけを見て便利だろうと言ったって、生きるという生存条件がマイナスだという場合も多いのです。日本で消費者と言う時の消費者というのは、バラバラの消費者なんですね。生きる、働く、暮らすというものを統合した全体としての生ける人、生活者とは見ていないわけですね。企業の手前勝手な解釈でね。こういう状況の中で日本人の豊かさが失われてきている。消費者というのは生活者ですから、生きる、働く、暮らすという統合体として存在しているにもかかわらず、その統合体としての人間の生活を破壊する行為を、企業が自分の利益チャンスとして、消費者の利益という概念で強行していくという構図なんですよ」(『たのしい不便』福岡賢正著・南方新社・P.232)



小社の得意先で町役場に商品を納めている方がおられます。その得意先の方がよく話される事に、納める商品の価格が町役場の職員から高い、高いと言われるそうです。商売人にとって安くしろと言われるのは給料を下げろと言われるのに等しいことです。この話を聞いて私は、「町の職員を採用する時に、今いる職員よりも安く働いてくれる人を入札で決めたら町の人件費は下がりますよ」とその得意先の方に言ったことがあります。失業者のあふれている現在ではいくらでも安く働く人はいます。町の職員もそのような採用の仕方をされると困るのは町の職員です。入札で安く働く人から採用すると言われると嫌な気持ちになるはずです。そのような事を平気で商売人に言う神経がわかりません。但し、法外に高く売っている商売人は別です。別の小社の得意先の話ですが、その得意先にあるお客さんが来られ、こう言われたそうです。「酒のディスカウント店ができたので、もうお宅で酒は買わない」と。それからしばらくしてこのお客さんは、勤めている会社でリストラになったそうです。お客さんが勤めていた会社は、(ご時勢だと思いますが)価格破壊の影響で人員整理をしなくてはならず、リストラされたようです。安さを求めると安さを求められるというウソのような本当の話です。安く売るということは働く人の給料が上がらないということです。実際にアメリカでは、安く売ることが当たり前の社会ですから給与は下がっています。『スローなビジネスに帰れ』(坂本啓一著・インプレス・P.49)「実は、アメリカ人のインフレを除いた実質賃金は、七三年から七四年頃がピークであって、以降、ずっと下がりぱなしである。九五年はピーク時の十四パーセント減、九九年でも一〇パーセント減である。株価は上がっても、収入は減っているのだ。ただ、平均的な家庭の金融資産の三割から四割は株にリンクしているので、株が上がったことで助かっていた。また、夫婦共働きや勤め先を二つにするなどの手を使って、下がった収入を補っていた。これでなんとか『もっていた』というのが実態である」とあります。実際、私が76年にアメリカへ行く前にモルモン教会でアメリカ人の宣教師から、「アメリカでは父親が夕方、会社から家に帰ってきて夕飯を食べたら夜また仕事に出かけている」という話を聞いていました。数年前にNHKでもアメリカでは2〜3つ仕事を持っていなければ生活できないというような放送をしていました。安さや便利さを求めるということは、忙しくなるということです。
「安くなるということは、それを作ったり、運んだり、売ったりしている人たちの報酬が減るということですからね。便利になったというのは、宅配便やコンビニのトラック運転手を考えれば分かりますが、便利さを提供している人たちの労働が強化されているということですよね。そして他人に安さや便利さを要求するということは、自分も安さや便利さを要求されるということです。」(『たのしい不便』福岡賢正著・南方新社・P.234)



昔は不便で、そして肉体的にも厳しかったのですが、精神的にはのんびりとしていました。しかし、現代は昔に比べ、便利な道具やサービスが増えましたが、肉体的にも精神的も疲れている人が増えています。小売店、特に大手小売店が安さや便利さを供給するために消費者はその安さや便利さを求めるからだと思います。安さや便利さは消費者の利益のためではなく、企業の利益のためにあります。この「安さ便利さ」で利益を得る人は、ほんの一握りの人達です。そこに早く気づいて下さい。 4分の1の裕福層の所得は、その他4分の3の層の総所得に匹敵する。米国ほどではないにしても格差社会が確実に広がっている」(2005年1月9日付 朝日新聞)
今は終戦直後に比べ、物質的には天国のような豊かさです。「命ほしけりゃ欲捨てろ」と言います。このまま安さや便利さを求め続けると安い給料で今以上に働かなくてはいけなくなり、過労死やがんなどの病気が増え、国民医療費は益々増えるようになるでしょう。また、便利な道具に囲まれて生活していると筋力低下で膝痛や骨粗しょう症などになりやすくなり、将来は寝たきりということも起こりえます。体にも良くありません。
「『このままのペースで働いたら、体をこわす』と正規社員らの6割近くが考えていることが、独立行政法人『労働政策研究・研修気候』の調査で分かった。若い層を中心に長時間労働を強いられ、心の病気への不安を感じている人が多い。(中略)『月50時間以上の超過労働をしている』と全体の21%が答えた」(2005年4月9日付 朝日新聞)



企業間競争が激化すれば24時間営業の小売店などが増え、電気照明などを以前よりも長く使うようになり、環境の悪化も考えられます。健康や環境のためにもこれ以上の安さや便利さは必要ないように思います。安さ便利さは企業の利益のためにあります。あまり求めないようにしましょう。


「人は、なくてもすませることができるものの多さに比例して豊かである。」ヘンリー・デビット・ソロー





エコロジカル・ヘルシーショップ三友 桧垣史郎
2005年7月
 
 
 
引用・参考文献
『たのしい不便』福岡賢正著・南方新社
『スローなビジネスに帰れ』坂本啓一著・インプレス
2005年1月9日付 朝日新聞
2005年4月9日付 朝日新聞



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